最高裁判所第二小法廷 昭和41年(オ)1360号 判決 1969年10月17日
上告人
新井実
上告人
ニューホープ実業株式会社
代表者
新井実
代理人
若林清
上野修
被上告人
ラーモ・エス・サスーン
代理人
日野魁
被上告人
株式会社 加藤産業
代表者
星野政子
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人若林清、同上野修の上告理由第一点について。
原審の確定した原判示の事実関係は、挙示の証拠関係に徴し、首肯することができる。そして、右事実関係のもとにおいて、所論の丙第一号証にいう「all ri-ghts to the design of this radio」中の「all rights」(すべての権利)とは、訴外イー・エム・スチブンス・コーポレーション(以下スチブンス社という。)と上告人ニューホープ実業株式会社(以下上告会社という。)との間に締結された右丙第一号証による契約の対象となつた地球儀型トランジスターラジオ受信機の意匠についてのすべての権利を意味する、とした原審の解釈判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第二点について。
旧意匠法(大正一〇年法律九八号)九条は、「意匠登録出願ノ際現ニ善意ニ国内ニ於テ其ノ意匠実施ノ事業ヲ為シ又ハ事業設備ヲ有スル者」があれば、その者に対し、同人が右要件を具備しているという事実自体にもとづき、当然に、当該意匠についての実施権、すなわちいわゆる先使用権を認める趣旨であると解するのが相当である。したがつて、訴外スチブンス社が本意匠につき右法条所定の要件を具備している以上、同社が、上告人新井実の右意匠登録出願の以前に、同上告人の代表する上告会社との間に、右意匠実施の事業に関し、所論の丙第一号証による契約を締結していた事実があるとしても、それが右スチブン社に対し右意匠についての先使用権を認める妨げとなるべき理由はない。論旨は、独自の見解にもとづき原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第三点について。
旧意匠法九条にいう「其ノ意匠実施ノ事業ヲ為シ」とは、当該意匠についての実施権を主張する者が、自己のため、自己の計算において、その意匠実施の事業をすることを意味するものであることは、所論のとおりである。しかしながら、それは、単に、その者が、自己の有する事業設備を使用し、自ら直接に、右意匠にかかる物品の製造、販売の事業をする場合だけを指すものではなく、さらに、その者が、事業設備を有する他人に注文して、自己のためにのみ、右意匠にかかる物品を製造させ、その引渡を受けて、これを他に販売する場合等をも含むものと解するのが相当である。したがつて、以上と同旨の見解に立つて、訴外スチブンス社は、上告人新井実が本件意匠の登録出願をする以前に、上告会社を介し、その意匠実施の事業をしていた者にあたる、とした原審の解釈判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は原審の認定にそわない事実関係にもとづいて原判決を非難し、または、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
同第四点について。
被上告人らは、訴外スチブン社の注文にもとづき、専ら同社のためにのみ、本件地球儀型トランジスターラジオ受信機の製造、販売ないし輸出をしたにすぎないものであり、つまり、被上告人らは、右スチブンス社の機関的な関係において、同社の有する右ラジオ受信機の意匠についての先使用権を行使したにすぎないものである、とした原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯することができる。そして、右事実関係のもとにおいて、被上告人らがした右ラジオ受信機の製造、販売ないし輸出の行為は、右スチブンス社の右意匠についての先使用権行使の範囲内に属する、とした原審の解釈判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法なく、論旨は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定を争い、または、原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず、採用することができない。
同第五点について。
訴外スチブンス社が本件意匠について有する先使用権は、同社が上告会社との間に締結した所論の丙第一号証による契約自体の効果として認められたものではなく、右スチブンス社が上告会社との間に右契約を締結したうえ、上告会社を介して、右意匠実施の事業をし、旧意匠法九条所定の要件を具備した事実自体にもとづいて認められたものであることは、原判示に照らして、明らかであるから、右契約がその後解除され、消滅するに至つたとしても、そのことから直ちに右スチブンス社の右先使用権も消滅するに至つたものと解しなければならない理由はない。また、仮に右契約が解除された結果、右スチブンス社の右意匠実施の事業が一時中止されたことがあつたとしても、それをもつて直ちに同社の右事業が廃止され、右先使用権も消滅するに至つたものということはできない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解を主張するものにすぎず、採用することができない。
同第六点について。
訴外スチブンス社は、上告人新井実が本件意匠の登録出願をした当時、右意匠の考案が自己に帰属するものと信じ、したがつて、それが他人に帰属することを知らないで、上告会社を介して、右意匠実施の事業をしていたものである、とした原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に徴し、首肯することができる。そして、右事実関係のもとにおいて、右スチブンス社は、上告人新井実の右意匠登録出願の当時、旧意匠法九条にいう「善意ニ」右意匠実施の事業をしていた者にあたる、とした原審の解釈判断は、正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎 村上朝一)
上告代理人の上告理由
原判決には、左の各点につき判決に影響を及ぼすこと明らかな旧意匠法第九条の解釈及び適用についての誤まりがある。
第一点 原判決には、丙第一号証の解釈について事実誤認があり、これにつき旧意匠法第九条を適用した違法がある。
原判決は、上告会社及びスチブンス社(訴外会社)間の昭和三三年二月一日付書面である丙第一号証中の「all rights to the desi-gn of this radio」にいう「all rights」の解釈に関し、右にいう「すべての権利」は「意匠」についてのものと解すべきであるとしている。しかし、丙第一号証において、スチブンス社は上告会社に対し毎月一、〇〇〇台ないし二、〇〇〇台のラジオ受信機の引受業務を認めると共に上告会社はその生産を保証することを定め、金型の所有権を共有にすることを定めていること、また、その後において、スチブンス社が上告会社宛になした一九五九年(昭和三四年)四月一五日付の債務不履行の際の損害賠償請求額予定についての提案、及び、これに対して上告会社から同月一七日付をもつてなした販売区域を合衆国ロッキー山脈以東に限定し及び若しくは契約期間を同年五月一日より向う一年間に限定する旨の反対提案、さらにスチブンス社側からは、本件意匠について日本国内はおろか米国においても意匠権の登録出願をせず、かえつて上告人新井からこれをなしている実情、及び、丙第一号証の作成に際して意匠権の登録出願その他工業所有権としての意匠権の取得に必要な諸手続について何らの協議がされていないこと等を総合すれば、丙第一号証は、工業所有権の保護の対象となるべき意匠権についてその権利の帰属を定めたものではなく、単に地球儀の型をしたトランジスターラジオの商品取引上の製造ならびに一手販売契約を規定したものと解すべきであつて、原判決が、右の場合について旧意匠法第九条を適用し、これを同条にいう「意匠実施事業」の「意匠」に当ると解釈したことは不当である。
第二点 「意匠実施ノ事業ヲ為シ又ハ事業設備ヲ有スル者」の解釈及び適用について誤がある。
旧意匠法第九条は、「意匠実施ノ事業ヲ為シ又ハ事業設備ヲ有スル者ハ……実施権ヲ有ス」と規定しているが、右に「意匠実施ノ事業ヲ為シ又ハ事業設備ヲ有スル者」とは、意匠登録出願の際に出願者とは別個独立に同一意匠を使用して実施事業をなし、或は事業設備を有している者がいる場合にその者を指すと解すべきである。けだし、先使用権の制度は、出願者とは全然無関係な右の他人が存在する場合に出願者の意匠権登録に伴つて、その者の事業または事業設備の廃絶を来たすのを防止することを目的としているからである。しかるに、本件において原審の認定した事実によれば、上告会社及スチブンス社間に昭和三三年二月一日丙第一号証の契約が成立し、そこにおいてラジオの意匠に関する権利の帰属が取決められているというのであつて、右によれば、スチブンス社は契約当事者として、本件意匠の出願者である上告人新井とはその個人会社である上告会社を介して契約上の特殊関係に立つものである。かかる場合において若し原判決の認定する如く意匠についての約定がなされているならば、それは、本来スチブンス社及び上告会社間の契約上の債権債務の問題として解決せられるべきものであつて、この場合に先使用権の規定を適用すべきではなく、先使用権をもつて保護する枠外にある事項についてその規定の適用を認めた原判決は不当である。
第三点 「実施ノ事業ヲ為シ」の解釈及び適用について誤りがある。
旧意匠法第九条に「実施ノ事業ヲ為シ」とは、自己のため、自己の計算において意匠実施の事業をなすことを意味する、しかるに原判決は、「他人の設備を利用する場合」であつても自己のためにのみ意匠の使用をさせる場合は解釈上右に含まれるものであり、したがつて、また、本件においてスチブンス社は上告会社を介して意匠実施の事業をしていたものであるとして本件にこれを適用する。しかし、上告会社は、自己のため自己の計算においてラジオ受信機を製造してこれをスチブンス社に輸出し販売していたのであつて、スチブンス社との間には何らの従属関係はなく、この場合における「実施事業」は上告会社自らの実施事業以外のものではないのであつて、原判決の前記「実施事業ヲ為シ」の解釈及びその解釈の本件への適用は不当である。
第四点 先使用権の実施の「範囲」についての解釈及び適用に誤りがある。
本件につき、当事者間に争なき事実によれば、被上告人ラーモ・エス・サスーンが先づスチブンス社から注文を受け、さらに右サスーンの注文によつて被上告人株式会社加藤産業が本件トランジスタラジオ受信機を製造してサスーンに引渡し、サスーンはこれを米国に輸出販売していたのであるが、原判決は、右の場合においても被上告人らは、スチブンス社と「機関的な関係」に立つとして被上告人らの意匠実施行為をスチブンス社の先使用権の行使行為そのものと解釈すべきであるとしている。しかし、先使用権の実施行為が限定的に解釈されなければならないことは該制度の趣旨上当然のことであつて、スチブンス社と何らの支配従属の関係に立つこともなく、それぞれ、自己のために、自己の計算において、右受信機の製造、販売ないしは輸出の行為をなしていたにすぎない被上告人らに対して、該行為をスチブンス社の先使用権の行使行為そのものであるとして先使用権の範囲を拡張して解釈することは許されない。
第五点 先使用権の「消滅」に関する解釈適用について誤りがある。
原判決は、スチブンス社と上告会社間の丙第一号証による契約は、昭和三四年四、五月頃スチブンス社がラジオ受信機の金型代金の返還を受けた時期において解除されたものであると認定したが、他方では、丙第一号証中の意匠に関する条項は契約解除の対象となりえないものであるから本件先使用権の存在には何の影響も及ぼすものではないと判示している。しかしながら、右契約の解除、とりわけ金型代金の決済による契約の終了は、正に原判決の判示するスチブンス社の意匠「実施事業」が廃絶したことを意味する以外のなにものでもなく、右によりスチブンス社の先使用権は当然に消滅したものである。しかるに原判決は、すでに消滅した先使用権について、その復活を被告人らを介して再び認めようとするものであつて不当である。
第六点 「善意ニ」の解釈適用について誤りがある。
原判決は、旧意匠法第九条に「善意ニ」というのは、考案が「他人に帰属することを知らないで」の趣旨に解すべきであり、本件においてスチブンス社は上告会社はもとより上告人新井に意匠が帰属するとは考えず、また、これを知らなかつたのであるからスチブンス社の実施は善意のものというべきであるとなしている、しかし、右の「善意」は先使用権制度本来の趣旨からして、出願者の「考案のあることを知らないで」の意味に解釈すべきであり(新意匠法第二九条はこれを明文をもつて解決した)、仮りにしからずとするも、原判決の右解釈は、従来の判例(大審院判決昭和一三年二月四日民集一七巻四二頁)が「右先願アル事実ヲ知ラスシテ現ニ他人ノ出願ニ係ル同一考案ヲ利用シテ製作販売拡布等実施事業ヲ為シ」と判示し「善意」につき「先願の事実を知らないで」の意味に解釈しているのに対比し右判例と相反する判断をなしているものであつて不当である。 以上
<参考>原審判決理由(東京高裁昭和三六年(ネ)第八八一号、昭和四一年九月二九日第一三民事部判決)
一控訴人新井が昭和三三年四月一八日出願、昭和三四年二月一〇日登録にかゝる原判決添付別紙第三目録記載の「図面代用写真に示すとおりのラジオ受信機の形状及び模様の結合」を登録請求の範囲とし、指定物品を「ラジオ受信機」とする第一四六、八五四号意匠権の登録を受けたこと、右登録意匠につき昭和三五年八月一七日付をもつて、その意匠権の二分の一の持分を控訴会社に譲渡する旨の登録のせられていることは当事者間に争いがなく、被控訴人らは当審に至つて右意匠登録が無効であるとの主張はこれを撤回したので、控訴人新井が当初右登録意匠権を取得し、その後その二分の一の持分が控訴会社に譲渡せられ、少なくともその譲渡登録の日以後控訴人らが右意匠権の共同権者であることは被控訴人らもこれを争わないものと認められる。
また被控訴人加藤産業が同サスーンの注文によつて、昭和三四年六月から同年一二月に至るまでの間に、地球儀型六石トランジスターラジオ受信機を少なくとも一、五九八台製造しこれを右サスーンに引渡し、サスーンはその頃これを米国に輸出販売したこと、右ラジオ受信機の意匠は、球体の表面上の世界地図の海域部分に経度線及び緯度線を示す縦横の線が施してある外は、右登録意匠と同一であること、被控訴人加藤産業が原判決添付別紙第二物件目録記載の物件を所有所持していること及び控訴会社が昭和三二年一二月頃阪急貿易株式会社を通じてスチブンス社からトランジスターラジオ受信機の引合いを受け、昭和三三年二月一日両者間に少なくともその製造販売に関する契約が締結せられ、該契約に基づいてスチブンス社は同年二月一五日に金型の代金として少なくとも一、二五〇ドルを控訴会社に支払い、控訴会社はその頃から右ラジオ受信機の製造に着手し、同年七、八月頃から昭和三四年二月までの間少なくとも二、八五〇台を製造してスチブンス社に引渡したことは、いずれも当事者間に争いがない。
そして右当事者間に争いのない事実に、本件意匠の意匠公報を対照考察すれば、被控訴人サスーンと同加藤産業との前記昭和三四年六月から同年十二月までの取引にかかるラジオ受信機の意匠は、本件控訴人らの有する登録第一四六、八五四号意匠権の意匠と多少の相違がないではないとはいえ、その差異はこれを意匠として見るとき全く微差にすぎないものというべきであつて全体としてこれを同一意匠のものと見るのを相当とする。(被控訴人らもこの点は格別に争つていない)。従つて被控訴人らに、右行為を正当ならしめる格別の事由の存しない限り、被控訴人らの右行為は、控訴人らの本件意匠権を侵害したものといわなければならない。
二、そこでまず被控訴人らの先使用権の抗弁について審究する。
<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。
(一)(1) 昭和三二年九月頃米国ニューヨーク市所在スチブンス社の社長であるエドワード・クラインは東京芝浦電気株式会社が、ある日本貿易雑誌上に掲載した球型ラジオの広告に目をとめ、その球型のキャビネットに些細な変更を加えることにより商品価値を増大せしめ得ることに思い至つた。すなわち右雑誌上に掲載された球型ラジオの表面には赤白の彩色による花模様があり、球型キャビネットの上部には放送局を選定する「ツマミ」が付いており、その頭部に大きい「ノブ」が付いていて支持台上に垂直に載せられていたが、クラインはこれを斜めに載せ、且つ右「ノブ」を取除くことを考え、ともかく右の球型ラジオについて東芝と取引をすることができるかどうかにつき同月二七日附の書面で直接東芝宛照会したが返事を得ることができなかつたので、更に同年一〇月一七日付の航空郵便をもつて同社の日本における買付代理人である阪急貿易株式会社にその折衝方を依頼した。しかし東芝の回答は価格の点で大きな開きがあつたので、同年一一月六日付の航空郵便で再び阪急貿易に対し極秘で同社の考案を書きしるすとして、「球状架構の型は、われわれがまさに望んでいるものであり、われわれの考案を受け入れ得るものである。われわれはこの架構上に丁度添付の地球儀図上にあるように極めて簡単に示される浮き彫りされた世界の球形図を配するつもりである。……われわれの欲する球体の正確な色は指定」する旨を記載した上、右添付の図としては、外国雑誌の切抜きで、縦横それぞれ二寸と五寸位の長方形の紙に、東半球と西半球とが引き延された形で印刷され、配色は、陸地は緑、山が茶色、海が青とせられたものを同封し、球型キャビネットの中に入れるラジオはトランジスターのものでなく真空管構造のものでもよいとして更に東芝との交渉方を依頼したが、これまた不調に帰した。
(2) その後阪急貿易は他の一流電気メーカーと交渉したが、これまた成立に至らず、同年一二月になつてラクサー貿易会社から入手した広告の切抜きで控訴会社を知り、阪急貿易の吉田重郎が同月一一日控訴会社の社長である控訴人新井に会い、前記のスチブンス社からの切抜きを示し、また東芝との間の話をした上でスチブンス社の計画しているラジオの製造についての研究と協力とを求めた。控訴人新井はこれに対し非常に興味を持ち、ミシン等に関するカタログで地球儀の図面の記載のあるものを示し、当時かようなものが流行しているとてこれをラジオに使うことは賛成であると、東芝の意匠についての登録の有無、若しこれが登録のある場合についての牴触の関係等の調査及ぶ右の製造についての研究及び協力を約した。そしてその際、控訴人らは地球儀型の意匠をもつた球型キャビネットの金型を準備すること、球型キャビネットの素材はプラスチックにするが、如何なる種類のプラスチックにするか、また浮彫りの地球を表わすスチブンス社送付の写真に従つた意匠及び色彩等については、東芝の球型ラジオを研究のため購入した上で決定する等の話合いがせられ、なお控訴人らはトランジスターの内部の回路と受信機の青写真を準備することとなつた。
(3) そこで控訴人らは早速同年一二月一四日東芝の球型ラジオの意匠登録の有無の調査方を弁理士村田有史に依頼したところ、既に意匠登録第一二五、二一七号として登録済みであることが判明したが、更にその意匠とスチブンス社の考えている地球儀型のものとの牴触関係を検討することとなり、なお控訴会社側の意見では浮彫りは内側からするのがよいというので、それについての意見もスチブンス社にその問合せがせられた。
(4) 控訴会社側では右牴触についての調査をすべく、翌三三年一月一三日付の手純に地球儀型ラジオの図面(この図面は文房具店に売つている地球儀とほぼ同じ型のものを鉛筆書きで単にスケッチしたにすぎないものであつた。)を同封してその調査を村田弁理士に依頼し、不牴触の旨の回答を得た。しかしその頃既に控訴人らの方では右地球儀型のラジオについての意匠登録の意図を持つており、村田弁理士からその出願のためには右のような図面ではなく青図としての完全なものが必要である旨の連絡を受け、同月二一日付同弁理士宛の手紙に甲第一五号証の二の図面(青写真)を同封して、その登録出願方を依頼した。そして右の出願は次に記載の丙第一号証の契約の後ではあるが同年二月三日に控訴人新井の名義でその手続がせられた。
(5) 以上のような状況にあるとき同年一月末にスチブンス社から社長のクラインと副社長のベントリーとが来日し、控訴会社で控訴会社の代表権をもつ取締役の大原弘及び同社の営業担当社員であり英語のわかる高山仲彦と会談し、その会談には阪急貿易の吉田重郎も立会つた(控訴人新井は当時渡米中で右会談には加わらなかつた)。そしてその席上でクラインは自己の考案にかかる意匠について説明し、控訴会社側からも既に作成せられていた前記甲第一五号証の二中の中央の図面(正面図)が示され、文房具店で市販の地球儀をも用いて種々討議がせられ、その際クラインから「ツマミ」の部分、「支持台」の部分等についても指示があり、結局クラインの構想を基礎とし、勿論第一五号証の二のものとは異なり、球面上に地球の図を浮彫りにするものとして、大体の基本的構想が定められ、細部については製造上の都合等もあり、なお控訴会社側で検討することとし、金型の作成その他の取引条件についても意見の一致を見、翌二月一日には控訴会社とスチブンス社間に丙第一号証による契約が締結せられた、そして右約旨の大要は、
(イ) その対象である地球儀型ラジオの型は当初スチブンス社より控訴会社に提供のもので、控訴会社はスチブンス社のために右型の六石トランジスターラジオを一組当り一六ドル(FOB日本港輸出梱包甲板渡し)で製造する。
(ロ) 右ラジオの意匠に関する一切の権利はスチブンス社に帰属する。
(ハ) 控訴会社は右意匠または地球儀型の如何なるラジオも他の如何なる会社のためにも製造してはならない。
(ニ) 右ラジオの製造に要する金型代二、五〇〇ドルは折半して負担し、金型は共有とする。(金型の所有権は、はじめスチブンス社に全面的に帰属する旨提案されたが、両者協議の末上述のようになつた。)
(ホ) 控訴会社において右金型による見本を六〇日以内に完成し、航空便でスチブンス社に送付する。
(ヘ) スチブンス社は右見本を承認次第直ちに全金額の信用状を開設する。
(ト) 若し右意匠を変更することが必要なときは、その見本につきスチブンス社の承認があるまで控訴会社は生産を開始してはならない。
(チ) 控訴会社は月産一、〇〇〇個の生産をし、且つ右生産台数は二、〇〇〇台まで増大し得ることを保証する。
(リ) 控訴会社は注文品の引渡を見本承認後四五日以内に完了する。
というにあつた。
(6) スチブンス社は同月一五日右金型代金の半分である一、二五〇ドルを控訴会社に支払い、また同社の買付代理人である阪急貿易株式会社から更に右代金の四分の一に当る六二五ドルが同日控訴会社に渡された。
(7) 控訴会社は右約定に従つて金型及び見本の作成に着手し、その見本は同年四月一一日頃には完成して、同月二一日にはその一個をスチブンス社宛航空便で送付し、同社の承認を得てその本格的な製造に着手し、同年七、八月頃以降翌三四年三月頃までの間右見本と同一の品をスチブンス社に納入し、同社はこれを米国内で販売した。
(8) 右見本の意匠は当初クライン等との会談の際話合つたものに相当の変更を加えたものであつて、地球儀型のトランジスター・ラジオのものとしての基本的構想には変りのないものであつた。
(9) 控訴人新井は右見本のものの意匠について、先に甲第一五号証の二のものについてした登録出願とは別に、同年四月一一日付書面で村田弁理士にその出願方を依頼し、同月一八日その登録出願をし、本件意匠の登録を受けた。
(二) スチブンス社は右のようにして控訴会社と本件ラジオの取引をしていたのであるが、昭和三四年四月頃両者間に右取引についての紛争を生じ、その取引を止めざるを得なくなるに及んで同年五月末頃被控訴人サスーンに本件ラジオの注文を発し、同被控訴人はこれを承諾の上、更に被控訴会社にその製作納入方を注文し、被控訴会社もまたこれを承諾してその製造をすることとなつたものであるが、右三者間の契約においては、その対象とするラジオはその見本をスチブンス社において提供し、すべてそのとおりのものを製作納入すべきものとし、被控訴人両名ともスチブンス社以外の者のために同種のラジオを製作販売することはできず、スチブンス社からの発注があつた場合にだけその製作納入をすべきものと定められ、被控訴会社は右約定の下に本件ラジオの製造をしてこれを被控訴人サスーンに納入し、同被控訴人またこれをスチブンス社だけに輸出納入していたものである。
右のとおりに認められるところであつて、原審及び当審証人大原弘、原審証人高山仲彦、証拠保全によるエドワード・クラインの各証言並びに原審における控訴会社代表者兼控訴本人新井実の供述中には右認定とその趣旨を異にする部分があるが、これを採用することはできず、他に右認定を左右するに足る資料はない。
三、そして前項(一)の認定事実からすれば、
(一) 本件地球儀型ラジオの意匠は、その当初においては、ただ東芝の球型ラジオに或る程度の変更を加え、球型のラジオを斜めに傾けた地球儀型のものとし、これに地球の図面を浮彫りにするという程度の抽象的なものではあつたが、その当初の発案者はスチブンス社のクラインであること、
(二) 控訴人新井は、阪急貿易の吉田から右クラインの構想についての話を受けるまで地球儀型の意匠についての関心は持つてはいたが、これをラジオの意匠として使用することまでは、まだ考えていなかつたこと。
(三) 控訴人新井は前記のクラインの着想を右の古田を通じて知り、その具体化についての研究を控訴会社員に命じ、控訴会社においても昭和三二年の暮以降その研究に着手し、翌三三年一月二〇日頃までには甲第一五号証の二の青図を作成できる程度にまでは到達していたこと(甲第一五号証の二の図面の作成日時欄には一九五七年一〇月三〇日の記載がある。しかし<証拠>を合せ考えれば、控訴会社が球型ラジオについて東芝が意匠登録を受けているか否かの調査方を村田弁理士に依頼したのが昭和三二年一二月一四日のことであり、また地球儀のものが、右東芝の登録意匠に牴触するか否かの調査を依頼したのは翌三三年一月になつてからのことであつて、その依頼については同弁理士からの要求で控訴会社は同月一三日付の書面に地球儀型のものの図面を同封送付しているが、これは単に市販の地球儀を鉛筆書きでスケッチしたに止まるものであり、同弁理士から出願するならかようなスケッチでは足らず、青図として完全なものを作れとの指示があり、その指示に応じて同月二一日付書面に同封送付せられたのが前記の甲第一五号証の二の図面であることが認められ、右事実関係からすれば、右図面の作成年月日が前記のように昭和三二年一〇月三〇日とせられているのは事実に合致するものではなく、その日附は遡記せられたものと認めざるを得ない。)
(四) そこで昭和三三年一月末におけるクラインらとの会談では、控訴会社側から右甲第一五号証の二中の中央の図面が示され、また市販の地球儀をも用いて種々討議がせられたのではあるが、クラインの側でもそれまでには当初の発案について相当具体的な構想もできており、その構造に基づく指示もあつて結局このクラインの構想を基礎として、その考案の具体化が計られ、大体においてその意匠の確定を見たこと<反証排斥>。
(五) しかし現実製作の面からの要請もあることではあり、右会談及び丙第一号証作成の際も、右意匠の細部についてはなお変更の要がある場合が予想せられたのでその変更は一応控訴会社側にまかされたが、その変更についてはスチブンス社側の承認を要するものとせられたこと
(六) そしてその意匠の当初の発案者はクラインであり、またその基本的構想は右クラインの着想からとつたものであることから、控訴会社側も右意匠についてのすべての権利がスチブンス社側にあることを認めたものであること。
(七) 右意匠はその後金型等作成の段階で相当程度の変更が加えられたがこれは前記の話合いによるものであり、その変更は大体現実製作の場合の難易等の関係上加えられたもので、これをスチブンス社が承認したものであつて、この変更が加えられたからといつて前記契約における意匠に関する権利の帰属条項には何らの変更もあるべき性質のものではなく、従つてまた、右丙第一号証による取引も、右変更せられた意匠によるものを対象物として双方異議なく実行せられたものであること。
(八) 従つて右変更後の意匠は相当程度丙第一号証の契約当時のものとは変つてはいても、これが右契約の対象となるべき意匠には相違がなく、この最後に確定せられた意匠についての権利がスチブンス社に帰属したものであること。
(九) 控訴会社は右契約に従つてその所定のラジオ受信機を製造し、これをスチブンス社だけに販売引渡していたものであり、別に同社の隷下にある支店、営業所等の関係にあつたものではなく、自己の計算において右の取引をしていたものではあるが、前記の意匠にかかるラジオ受信機の製造販売については、これをスチブンス社以外の者のためにすることはできない拘束を受けており、専らスチブンス社のために同社の有する意匠を用いて右の製造販売をしていたにすぎないものであり、スチブンス社はこれを業として他に転売していたものであること。
(一〇) 控訴人新井は、控訴会社とスチブンス社間の前記の契約上はスチブンス社に属するものと定められた前記最後の意匠についてその登録出願をし、本件意匠権の登録を受けたものであること
が認められる。
四、ところで旧意匠法第九条は「意匠登録出願の際現に善意に国内においてその意匠実施の事業を為し又は事業設備を有す」る者はその登録意匠につき事業の目的たる意匠の範囲内において実施権を有する旨を規定しており、右にいわゆる「善意に」とは、当該事業ないし事業設備の対象となる意匠についての考案が「他人に帰属することを知らないで」との趣旨であると解するのが相当であり、また「実施の事業をなす」というのも、単に自己の有する事業設備を使用し、自らの手によつて直接その製造販売等の事業をしている場合だけでなく、他人の設備を利用し、その他人をして自己のためのみに、自己の有する意匠を使用せしめて、その意匠に係る物品を製造せしめ、その販売引渡しをなさしめてこれを他に転売する場合もまたこれに当るものと解するのが相当である。
そこで本件についてこれを見れば、スチブンス社は、控訴人新井の本件登録意匠の登録出願の際、現に我が国内において前記の趣旨において控訴会社を介して右登録意匠実施の事業をしていたものであり、また右実施に当り、右意匠が自己に属することを信じていたものであつて、控訴会社は固より控訴人新井に右意匠が帰属するとは全然これを考えず、また固よりこれを知らなかつたものであるから、右実施は全く善意のものというべきである。従つてスチブンス社は、本件登録意匠について、これを使用してのラジオ受信機の製造販売について先使用による実施権を有するものと解すべきことは明らかであるといわなければならない。
そして、前記二の(二)の認定事実からすれば、被控訴人らは右スチブンス社の注文により、専ら同社のためにのみ本件ラジオ受信機の製造販売ないし輸出をしたにすぎないものであるから、右被控訴人らの行為もまた前記スチブンス社の有する先使用権の範囲内の適法なものであり、これをもつて控訴人新井の有する本件意匠権を侵宮するものとすることはできないものといわなければならない。
五、(一) 控訴人らは本件登録意匠と丙第一号証の契約の対象となつた意匠とは異なると主張し、スチブンス社は本件意匠の出願当時その存在自体すら知らなかつたものという。そしてなるほど前記認定事実から明らかなように、本件登録意匠は丙第一号証の契約当時のものに比し相当の変更が加えられたものであり、その変更せられた意匠による見本がスチブンス社に送られたのは、右意匠の登録出願の日である昭和三三年四月一八日より後の同月二一日のことであるから、本件登録意匠の出願当時においては、スチブンス社はその意匠の詳細な内容についてはこれを知らなかつたと見るのが相当であろう。しかし当審証人古田重郎の証言によれば、スチブンス社の買付代理人である阪急貿易の古田は、右見本の送付前に、その全部ではないが、上の半分だけでき上つた半製品は既にこれを控訴会社から見せられている事実が認められるだけでなく、本件丙第一号証の契約においては、その対象とする意匠について、或る程度の変更の加えられることは既に予想せられており、その変更については現実製作に当る控訴会社側にこれを一任し、しかもその変更せられたものの権利もスチブンス社側に属することを認めていた(これは意匠の基本的構想がスチブンス社側から出たことによるものであり、従つて本件登録意匠が右基本的構想から離れた別個独立のものともなれば、また別途考慮を要することともなろうが、本件登録意匠が右の基本的構想から離れたものといえないことは前記の認定事実を総合すれば明らかなところであつて、また事実控訴会社は、本件登録意匠によるものを丙第一号証の対象物としてスチブンス社にその製作交付をしていること前記のとおりである。)のであるから、スチブンス社側が本件出願当時その出願意匠の詳細を知らなかつたにせよ、右意匠に関する権利が丙第一号証の契約の対象とせられており、その権利がスチブンス社に属するとの約定には何らの変更もなく、これが有効に存在していたものと認むべきことは明らかであるから、右控訴人らの主張はとうていこれを採用することはできない。
(二) 控訴人らはまた丙第一号証の契約は、控訴人新井の考案につき控訴会社がスチブンス社にその実施権(または再実施)を認めた趣旨のものにすぎないともいうが、その然らざることは既に説明したところからして明らかである。
(三) 控訴人らはまた被控訴人らのした本件地球儀型ラジオ受信機の製造販売はスチブンス社のためではなく、リチャード輸入会社のためであると主張する。そして前示乙第一号証によれば被控訴人サスーンに対する本件ラジオの当初の購入注文書がリチャード輸入会社から出されたものであることはこれを認めるに足るのであるが、<証拠>を総合すれば、リチャード輸入会社はスチブンス社の社長であるクラインが社長をしている同系の会社であつて、右乙第一号証が右会社名で出されたのはただ形式だけであつて、その実際の注文者はスチブンス社であり、従つてまた右注文書に対する注文受書である乙第二号証も、被控訴人サスーンからスチブンス社に宛てて出されていることが認められ、また被控訴会社からのその後の交渉もすべてスチブンス社との間にせられていることが認められるので、右控訴人らの主張もまたこれを採用するに由がない。
(四) また控訴人らはスチブンス社と被控訴人らとの間には意匠権の再実施についての契約もなく、また先使用権についてはもともと実施権の設定自体が許されないから、スチブンス社の有する先使用権についての被控訴人らの実施は違法であるという。しかし被控訴人らの本件ラジオ受信機の製造販売は何もスチブンス社からその先使用権の実施を許されてこれをしたものではなく、契約関係ではあるが、スチブンス社の命を受けてその命のままにこれをしたに止まるものであり、いわばスチブンス社の機関的な関係でスチブンス社の有する先使用権そのものを行使したにすぎないものと解すべきであるから、この控訴人らの主張も失当である。
(五) 控訴人らは若し右のように解すべきものとすれば、先使用権の範囲は無限に拡大されることとなり、先願主義の例外措置として設けられた先使用権制度の本旨は没却されてしまうとも主張する。しかし先使用権の制度は、先願主義をとる我が法制の下において。先願者と先考案者との保護の均衝等を計らんとして設けられたものであり、従つて先使用による実施権の範囲は、先使用者が当該意匠の登録出願当時に現に実施していた事業以外にこれを及ぼすことはできないものではあるが、その事業の範囲内においては、その事業の拡大強化等は当然にこれを為し得るものと解するのが相当であり、右控訴人らの主張もまたこれを採用することはできない。
(六) なお控訴人らは丙第一号証中の「all rights to the design of this radio」にいう「all rights」とは右ラジオの「意匠」についてのものではなく、その販売に関する一手販売権のことを指すものとして種々の主張をするが、前認定の各事実に丙第一号証の文言を総合して考察すれば、右にいう「すべての権利」は「意匠」についてのものと解せざるを得ないものであること前認定のとおりであつて、このことは、たとえ、右丙第一号証による契約中にその意匠についての登録出願等の事項について何らの定めがせられていないにせよ、また本件意匠についてスチブンス社が我が国及びその本国である米国においてその登録出願の手続をせず、却つて控訴人新井において右両国でその手続をし登録を受けた事実があるにせよ、その結論を異にすべきものとは考えられない。
(七) また控訴人らは丙第一号証に基づく契約は既に昭和三四年四月中に解除せられており、従つて被控訴人らは右契約の条項を援用しての先使用権の抗弁をすることはできないと主張する、そして前示証人大原弘、古田重郎の各証言及び控訴会社代表者兼控訴本人新井実の供述からすれば、丙第一号証の契約後右契約に従いスチブンス社及び阪急貿易から控訴会社に交付せられた前記金型代金は相殺の形ではあるが、その後月日はあまり明瞭ではないが、大体において昭和三四年四、五月頃には控訴会社よりスチブンス社及阪急貿易に返還せられ、スチブンス社側においてこれを受取つている事実が認められるので、前記の契約は少なくとも右金型代金返還の前には解除せられているものと認めるのが相当である。しかし丙第一号証による契約といつても、その契約条項中には本件ラジオの製造及び販売に関する取引条項の外に、本件意匠についての帰属条項があり、右意匠についての条項は、前認定の事実関係から考え、本件意匠が元来スチブンス社側の発案から考案せられるに至つたものであり、細部については控訴会社側の考案も取入れられてはいるが、その基本的構想はスチブンス社の社長であるクラインの創案であるところから、その意匠に関する権利は、控訴会社としてもこれをスチブンス社側に属することを認めざるを得ない立場から、前記のような承認条項が前記の契約条項中に入つたにすぎないものと解せられ、従つて右条項も右契約条項中の一条項とせられてはいるが、その性質は双務契約たる性質を有する取引条項とは異なり、単独行為たる性質を持ち、通常の契約解除の対象とはなり得ないものと解するのが相当であるから、前記の契約が解除せられたとしても、その解除は右契約条項中における取引条項に限つてその効果を発生するにすぎないものであり、意匠権帰属に関する条項には何らの影響をも及ぼすものではないと解すべきであり、右条項はなおその効力を有するものというべきである。従つてこの意味においても右控訴人らの主張は失当であるが、更に先使用権は、意匠登録出願の際現に善意にその意匠実施の事業をしていた者に対し与えられるものであつて、本件においてスチブンス社が控訴人新井の本件登録意匠の出願の際、右の要件を具備していたものであることは前認定のとおりであつて、この事実はたとえ丙第一号証の契約が解除となつたとしても、これを抹殺し得べくもない事柄なのであるから、この趣旨においても右控訴人らの主張はとうていこれを採用することはできない。
六、以上のとおりであるから、被控訴人らの本件ラジオの製造販売行為は適法なものであつて、何ら控訴人らの権利を侵害するものとはいえないものであり、その侵害を前提としてする控訴人らの本訴請求は爾余の争点について判断するまでもなく失当であつて、これと趣旨を同じくする原判決は相当である。
(原増司 山下朝一 多田貞治)